子宮委員長はるの子宮委員会 Official Site

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Profile
プロフィール

元吉原そぅぷ嬢
東京中目黒 あとりえ林檎主宰
子宮から届ける愛と性のメッセンジャー

1985 年青森県生まれ。
愛情もお金もあるかなり幸せな家に生まれましたが、唯一母のことが理解できず、
「苦労しなければ幸せになっていいはずがない」と言う思いもあり、高校卒業後上京。

上京すると共に自立生活への憧れ・体を売ることの闇を見たい好奇心で18歳で風俗を始める。
同時にスタートした学生生活を経て社会人を経験。
その中で体験した性暴力や裁判寸前のセクハラ、パワハラ、DVで深く傷つき
男にトラウマを持つが"男につけられた傷は男で癒すこと"を決意する。

また、社会生活を送っている際に経験した自身の子宮筋腫、
子宮けい癌や中絶や子供の事故死の自身の子宮経験、
周囲の不妊に対する悩み など子宮のトラブルや性の悩みの多さに興味を持ち、
"結婚や出産に関して女としての希望を取り戻すこと"など、
自分自身の癒しと同時進行で2011年から現役風俗嬢を公言。

家族公認の元、複数の愛人や風俗のお客様に支えられ、
その職業と女の体を持つ自分と真っ向から向き合いながら
"子宮"を中心とした講演活動を全国各地で行っていた。

そんな中、子宮筋腫や子宮けい癌の他にも、精神疾患、摂食障害発作は
性エネルギーの循環(マスターベーションとセックス)ですべて完治。

2013年9月に性愛&恋愛のお悩み相談室 あとりえ林檎を中目黒でOPENし、
翌月には目の前に現れる全ての男性が愛おしくなった頃、父親不明の赤ちゃんを妊娠。
そのまた翌月には達成感いっぱいに 10年歴の風俗を引退。
その頃、子供とは血の繋がりはないものの、突然パパができて2014年4月に入籍。
翌月の5月に第一子を出産し、現在は一児の母であり、婚外恋愛(不倫)もしています。

自分が“してはいけない”と思っていることや、
抵抗のあることにトライしてみることで人生が豊かになると気付づき、
そんな、タブーの中で発見したメッセージを綴るブログが、1日5万アクセスあり、
年齢問わず多くの女性を魅了している。

こんな道を歩めたのは大嫌いだった母のおかげと理解でき、
命の紡ぎに感謝しています。

わたしの命、宇宙の財産でした。

望めば望んだだけ不幸になれるし、
望めば望んだだけ幸せになれる。
私には愛される才能があったんだ。